ヴゥーーーー…


ゲート発生、ゲート発生》

《大規模なゲートの発生が確認されました。警戒区域付近の皆様は直ちに避難してください。繰り返しますーー》



突然鳴り出した警報音に、教室にいた生徒達がざわめきだす。窓の外に目を向ければ、ボーダー本部の辺りはまるで夜のように真っ暗で、門を視認することさえできなかった。
しかし、警報音すらもかき消すほどの大きな地響きが、これが緊急事態であることを人々に知らせていた。

同じクラスの出水と米屋が、なるべく基地から遠くに避難するよう、担任やクラスメイト達に呼びかけている。きっと彼らはこれからトリオン兵の討伐に向かうのだろう。

なまえを含め新人オペレーターは、市民と共に避難するよう指示が出ている。クラスメイト達に続いて自分も教室を出ようと足を踏み出したそのとき、米屋に後ろから呼び止められた。
振り向けば、彼はニヤリと口角を上げながら、その顔に似合わないような重みのある言葉を彼女に言った。



「死に急ぐなよ、みょうじ。自分のためだけじゃない、秀次のためにも。」

「……わかってるわ。」



……あの日の、雨と涙でぐしゃぐしゃになった幼なじみの姿が脳裏に浮かぶ。もう二度と、彼にあんな顔をさせやしない。

なまえはギュッと拳を握りしめると、再び米屋に背を向けて走り出した。




死にたがりな幼馴染15




「避難路はこちらです!速やかに避難してください!」



やはり高校生は体力があるためか、なまえ達のいる地区は比較的スムーズに避難が行われていた。現在この辺りにいるのは、主に足の不自由な高齢者や親とはぐれてしまった幼い子供達くらいだ。なまえはそんな人々に手を貸しながら、C級隊員と共に避難の誘導を促していた。

地鳴りは至る箇所で響き渡り、遠くではビームのようなものまで飛び交っている。先程、基地の方でかなり大きな爆撃音が聞こえたが、大丈夫だっただろうか。

逃げながら探していた迷子の父親は、なまえと手を繋ぐ我愛しき息子の姿を見つけると、くしゃりと顔を歪め、泣きそうな声でなまえにお礼を言った。そして、もう絶対にはぐれないようにしっかりと子供を抱きしめて、門から離れるように走り去って行った。
なまえはほっと胸を撫で下ろし、周囲を見渡す。見る感じ、逃げ遅れている人はいないようだ。轟音も大きくなってきているし、自分達もいち早く此処から逃げるべきだろう。なまえがそう思ったとき、傍にいたC級隊員の焦り声が聞こえてきた。



「おい、聞いたか!?どうやら避難が進んでいない地区から優先して救援に向かうらしいぞ…!」

「えっ、じゃあ、わたし達は後回しってこと!?」

「そ、そんなぁ…。」

「嘆いてる暇はねぇよ。オレ達も早くこっから逃げださね、と……っ!?」


ドゴオオオッ


「「!?」」

「きゃああ!」

「ひぃっ、トリオン兵だ!!!」



建物を破壊しながら顔を出したモノアイが、なまえ達の姿を完全に捉える。それは捕獲用トリオン兵の『バムスター』であり、その後ろからはC級隊員では勝つことが難しいとされている戦闘用トリオン兵『モールモッド』までもが此方へと向かってきていた。

「逃げろ!!!」そう叫んだのは、のっぽのC級隊員だ。一斉に駆け出したなまえ達の後を、トリオン兵達は迷わず追いかけてくる。
まずい。この方向で逃げていては、避難中の市民達に危険が及んでしまう。しかし、オペレーターはもちろん、C級隊員は戦闘を禁止されているし、戦ったところで倒せる可能性も低い。

どうするべきか、と逃げながら考えていると、「きゃあ!」と悲鳴が上がった。どうやら、C級隊員の女の子が転倒してしまったらしい。彼女のすぐ背後ではバムスターが首を下ろし、その大きな口を開けていた。



「ヒッ……や、やだ、来ないで!!」

「っ、こんの…!!」



孤月を起動させたのっぽが、バムスターへと斬りかかる。厚い装甲は僅かにしか削ることができなかったが、敵が動きを止めたその隙に、のっぽは食べられそうになっていた女の子を救出した。
ほっと胸をなでおろす。のっぽが再び孤月を構えると、雀斑(そばかす)の男の子が慌てて口を開いた。



「ちょっと待ってよ!訓練生は戦闘禁止のはずだよ?!」

「こんな状況でそんなこと言ってらんねーよ!ここを通したら、間違いなく被害は拡大しちまう。救援が来るまで、オレ達でなんとか食い止めるんだ…!」

「……そ、そうだよね!わたし達がやるしかないよね!」

「そんなぁ…。」



覚悟を決めた女の子は両手を伸ばし、そこにトリオンの弾丸を浮かべた。泣きそうな雀斑の男の子も渋々ながらアイビスを構える。
どうやら女の子はトリオン量が人より多いらしい。近づいてきたモールモッドに大量の弾丸を撃ち放った。しかし、素早いモールモッドにはなかなか当たらず、一気に距離を詰めてきたモールモッドは肉眼では捕らえられないほどのスピードでブレードを振るい、女の子の片腕を分断した。
雀斑の男が悲鳴を上げる。さらに攻撃を加えようとしたモールモッドに、のっぽが孤月で斬りかかった。



「っ、くそ!動きが速くて、急所を狙えねぇ…!」

「ねえ!こいつより先に、あっちの大きいやつ倒した方が良いんじゃない!?」

「そうしてぇのは山々だけどよ、このトリオン兵すばしっこくて、そんな隙ねぇよ……、っぐわあ!」

「!!」



モールモッドに弾き飛ばされ、のっぽは住宅に激突した。まずい。このままでは全滅してしまう。C級隊員には緊急脱出機能がついていないため、ここでトリオン体が解けるのは大変危険だ。ここは一時撤退すべきではないか、となまえは冷や汗を浮かべながら考えた。

そんなときだ。のっぽが立ち竦んでいた雀斑の男に向かって声を上げた。



「おい。おまえ、狙撃手だろ!援護してくれよ!」

「で、でも……狙撃手は近接戦闘に適してないし、なにより僕の腕じゃかすりもしないよ。無理。絶対に無理!ねえ、ここはもう諦めて退散しようよぉ…!」

「っなに弱気なこと言ってんだよ!“絶対に無理”?“諦めて退散しよう”だぁ?…おまえはなんのためにボーダーに入ったんだよ!?誰かを守るために、こういうときに戦える力が欲しくてボーダー隊員になったんじゃねーのかよ!!!」

「っ、」

「なあ、頼む…。力を貸してくれ!この先で避難してる人達の中には、オレの妹もいるんだよ…!」

「……、」



のっぽに懇願され、瞳を揺らしていた雀斑の男は、やがて意を決したような面持ちで「わかった」と頷いた。



「……その、僕もやれるだけやってみるよ。でも、本当に死にそうになったら、僕は真っ先にキミらを置いて逃げるからね…?」

「っ、おう!さんきゅー!」


(……。)



雀斑の男の子がアイビスを構え、震える指で引き金を引く。しかし、銃先がぶれてしまい、なかなか狙い通りに当てることができなかった。
片手を失った女の子はトリオンの消耗が抑えているのだろう、先程より少ない量の弾丸をモールモッドにぶつけるが、あまり効いているようには見えない。彼らとトリオン兵との力の差は明確であり、彼らはどんどん後退していった。

なまえは、宇佐美や空閑から教わったトリオン兵の特徴を思い出しながら、どう戦うべきか必死に策を練る。
生き残るために、C級隊員達のポジションやトリオン量、技術や癖などを踏まえ、短時間であらゆる可能性を考えた。

そして、



「(もう、これは一か八かやってみるしかない!)雀斑くん。仕留められなくてもいい。バムスターをモールモッドの方向へ吹っ飛ばして!」

「え、え、吹っ飛ばす!?」

「タイミングは私が言うわ。あなたは、銃口が少し左に寄ってしまう癖があるから、数ミリ右を狙うよう意識して撃って!」

「は、はい…!」

「そこの二人はうまく躱してね!……いくわよ?はい、撃って!!!」


ズドンッッッ


雀斑の男が撃つと、バムスターのその厚い装甲が突き抜かれることはなかったものの、勢いに圧され、吹き飛ばされた先にいたモールモッドを下敷きに倒れ込んだ。しかし、モールモッドもそれなりに硬度が高いため、潰れることなく、バムスターの下から這いずり出ようとする。すると、なまえはモールモッドの傍にいた二人に向かって声を上げた。



「のっぽくんはモールモッドの前足を斬り落としてもらえる!?一本でもいいわ。ブレード部分が出てくる前に必ず距離を取ってね!」

「のっぽってオレ?!わ、わかりました!」

「あなたは残りのトリオン全部注ぐつもりで、あのモノアイ目掛けて最大出力のアステロイドを!」

「はい!!」


ブレードより硬度が低い足が、のっぽの孤月によって斬り落とされる。機動力をなくしたモールモッドであれば、急所に当てるのは簡単であった。女の子はトリオン体活動限界まで注ぎ込んだ弾丸をぶつけ、同時にのっぽは倒れたバムスターを真っ二つに斬り落とした。



「や、やった…!」

「私達でもトリオン兵を倒せたわ!」



微動だにしなくなった二体のトリオン兵を前に、C級隊員達は喜びの表情を浮かべる。なまえも安堵の息を漏らした。

しかし、




「なっ、なに、あれ…。」

「大型の腹の中から、また違うトリオン兵が…!」



バムスターの腹から現れた未知なる敵が、なまえ達をギョロリと見つめる。「さすがに、これはやばいよね…?」震える声でそう呟いた女の子に、三人はこくりと首を縦に振った。


__________

オペレーターには基本的に武器や緊急脱出機能の付いていないトリガーが与えられるということなので、現在のなまえはトリオン体ですが、戦う手段を持っていない状態です。

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